女川の友達に

女川まで約2時間

行こうかどうしようか迷って電話すると

「ぐずぐずしねで、すぐおないん!」 → 「もたもたしてないで早く来い」

との、いつものお姉さまたちの声

 

そんな元気のいい声聞いたせいか、どこも迷うことなく最短時間で到着!

だんごの粉を届けに行ってきました。

 

3回目のワクチンが済み、母と二人、久しぶりの遠出でした。

 

もう11年

落ち着いたから聞ける体験談をたくさん聞くことが出来ました。

 

90年以上を経ってた家を素敵にリフォームし、住もうとした矢先に地震

公民館に逃げろと声掛けしたのに、その公民館も流され、兄妹、いとこ、知人、大切な人がたくさん亡くなってしまったこと。

一時は自分も死んだ方がよかったと思ったこともあったそう。

毎日、熱いごはんで手が真っ赤になりながら、

避難所と自衛隊、ボランティアさんにおにぎりを何千個も作ったこと

その合間に、身内の遺体の確認、

変わり果てた姿で、身に着けてたネックレスでお兄さんとわかったこと

 

だんだん落ち着いてきて、

全国からくるボランティアさんを、新築したこの自宅で女川の魚でおもてなしをしたこと

「今でも全国の人たちと交流あるんだよ

コロナの方がもっと酷い、誰とも会えないんだから」 とも言っていました。

 

いつもお邪魔しても、びっくりするくらいお料理で迎えてくれるのもこの経験からなのでしょう。

今更ながら,二人の半端ない優しさと、手際の良さと料理上手に脱帽です。

焼きたて食べらいんと、吉次の焼き魚

牡蠣ご飯の味付けもいつもながら絶品!

ひじき煮は、きれいに仕上がるように野菜とひじきを別々に味付けてから合わせてるそう

つぶ貝のぬた和えもおいしい!

ナマコ食べっか~

至れり尽くせり・・食べきれないお料理の数々です。

 

ごめんね、大変だったねぇと言うと、

「違う、違う。大変だと思ったら続かない、当たり前にやってるだけだ」

と、さらっと言うかっこいいお姉さんたちです。

 

食後、

地元の人が撮った津波の映像、見せっか と 悦ちゃん。

 

海がだんだん押し寄せて、時間とともに家が無くなり、

災害は紙一重の命、避難する姪御さんの最後の姿も映っていました。

穏やかな海

コンパクトシティ

きれいに整備された町だけど、あの時の津波は忘れてはいけない。

 

女川の商店街でお魚をたくさん買って、

お土産をもらい、

まだ来いなぁと言われながら、岐路につきました。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA

関連記事